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ぴよぴよ

横浜中華街ならたくさんの中国料理店から選べるね


みかんみかん

店名にも店選びのヒントが隠されているよ

このブログ記事にたどり着いて頂きありがとうございます。

「途次大志の備忘録」の執筆者の途次大志(toji-taishi)です。

自分たちの暮らす街に友人が訪れてきてくれるというのは嬉しいものですよね。せっかくなら詳しい観光案内をしてあげたいものです。それなのに道案内くらいしか役に立てず、これじゃいけないよねと申し訳なく思ってしまいます。

観光案内に役立つ横浜中華街の素朴な疑問
  • 中華街にはいったい何軒くらい店舗があるの?
  • いつ頃から中国料理店が建ち並ぶようになったの?
  • 店名の後の「樓」や「飯店」はどんな意味?
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横浜中華街を案内したい

横浜に住む私たちに会いにきてくれた友人の夕食に希望したのは横浜中華街でした。華やかな横浜中華街を一緒に歩きながら「中華街には何軒くらい店があるの?」「いつ頃から中国料理店が建ち並ぶようになったの?」「○○樓とか○○飯店とかあるけど何か意味があるのかな?」新鮮な彼らの疑問に応えられない残念な自分に気づきます。

書籍「横浜中華街」を参考に横浜中華街にまつわる観光の案内で使えそうな豆知識をざっくりと整理をしてみました。これで次回、友人と横浜中華街を訪れたときには少しは喜んでもらえるかもしれません。

「食」に関する店舗が3分の2

YRK28横浜中華街は600店以上
横浜中華街には600以上の店舗があります。正確には2010年のデータでは620店舗のようです。そのうち飲食店と食品を扱う小売店を含めた「食」に関する店舗は約3分の2あり、中華料理を提供する飲食する店舗だけに絞ったとしても全体の約3分の1あります。横浜中華街は500m四方の面積があり、その中に中国料理店が226店舗、これに「中華料理店以外の飲食店(83店舗)」と「食品系小売店(103店舗)」を加えて考えると、「食」に関する店舗が412店となり、それらがひしめき合っていることは数字からもよく理解できます。

飲み屋街の横丁とは違い、横浜中華街で「はしご」をするというのは稀なことでしょう。中国料理店が226店舗もあっても、飲食するのはテイクアウトでもしない限り一軒というのが多いです。そういう意味では数多く中国料理店が建ち並んでいることは冷静に考えるとあまり意味がないように思ってしまいますが、ただその一軒にたどり着くまでに横浜中華街の雰囲気を感じることは料理への美味しさへの助走としても非常に大切な存在です。

さて、友人への観光案内では、さほど正確な数字は必要ありませんが、おおよその数字は知っておくことは大切です。横浜中華街を一緒に歩きながら友人から下記のような素朴な質問がやってきたら、シメシメと心で思いながらこう答えてあげれば良いでしょう。

ぴよぴよ

中華街には何軒くらい店があるの?


みかんみかん

全体で600店舗くらいあって中国料理店が3分の1を占めているみたいだよ

ちなみに横浜中華街の原型は横浜が開港した幕末の1859年以降にさかのぼりますが、現在のような「食」に関する店舗が多くを占める姿になったのは関東大震災で壊滅的な被害を受けた以降の出来事です。震災前は「食」だけでなく商社や雑貨店舗など様々な業態の店舗が建ち並んでいたようです。

横浜中華街の店舗について

総店舗数:620店(2010年時点)
「食」に関する店舗

  • 中国料理店:226店
  • 中国料理店以外の飲食店:83店
  • 食品系小売店:103店

その他

  • 食品系以外の小売店:119店
  • サービス業店:89店

店名も店選びの重要なヒント

YRK28店名に隠された店の特徴
さてどこのお店にしましょうか。

横浜中華街を歩きながら店名を見ていると「○○樓」とか、「○○飯店」とか店名のあとに続く共通の漢字があることに気づきます。

書籍「横浜中華街」によると、これらの店名に続く漢字には決まりがあるようです。たとえば「樓」は2階建て以上の建物で宴会場があることを意味しています。そう言われて改めて店名と店構えを見てみると「樓」の付く店舗は豪華で立派そうな店ばかりです。「飯店」と店名に続いていれば比較的大型なレストランであり、「酒家」と付けば座敷があるということのようです。同じ座席があっても「酒家」よりも小さければ「記」という漢字が店名に続いているでしょう。さらに小規模な家族経営の店舗には「軒」が付いているようです。

こんな豆知識を友人に伝えた上で、一緒に店舗を探すのも楽しそうです。男同士ゆっくり座敷で語らい合いたければ「酒家」か「記」の付いた店名を選ぶと良さそうです。また家族や親戚たちとの集まりの時は、ちょっと奮発して「樓」の付くお店を選ぶのも良いでしょうね。

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明治から続く広東料理店

YRK28四大中国料理
本ブログの以前の記事で、そもそも「なぜ中国の人が横浜中華街にやってきたのだろう?」という疑問に対して整理しました。


19世紀頃に中国(清国)が貿易を通じてイギリスや欧米との関わりが増え、さらに国内情勢が混乱し、中国の人たちの出国熱がたかまっていたところに、1859年の日米修好通商条約を機に日本が5カ国との開国にいたりました。言葉のハードルがあった欧米の人たちは漢字を使って日本人とコミュニケーションが取れる中国の人々を雇用して、日本との架け橋として中国の人々を横浜に連れてきたことが横浜中華街の始まりであることを知りました。

その際に単に通訳だけでなく、貿易の経験があり欧米人とのネットワークを持つ中国の人が重用されたことは容易に想像がつきます。そのような人たちは中国のどこに集まっていたかというと、海沿いの広州でした。横浜中華街に多くやってきたのは、中国の南側の海沿いの広東の人だったのです。

この歴史の出来事を踏まえながら、現在の横浜中華街の中で明治時代から続く中国料店2店舗をご存知でしょうか。それが「聘珍樓」と「萬珍樓」です。それぞれ1887年、1892年創立の横浜中華街における老舗店舗です。

中華料理は大きく分けて東西南北の4種類あるとよく言われます。それぞれの特徴と名称は、北は「しょっぱさ」が特徴の北京料理、南は「あっさり」が特徴の広東料理、西は「からさ」が特徴の四川料理、東は「すっぱさ」が特徴の上海料理です。

さて、横浜中華街で明治時代から続く「聘珍樓」と「萬珍樓」は東西南北の4種類のうち、どこの料理でしょう。歴史を踏まえると南の海沿いの人たちがつくる広東料理だということは容易に想像がつくでしょう。その通り、老舗の「聘珍樓」と「萬珍樓」は両方とも広東料理のお店なのです。はい、繋がりました!

さらに「樓」が両方の店名の最後に付いているので、宴会場を伴った2階建て以上の建物であることも同時にご理解いただけることでしょう。

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まとめ

友人が貴重な休みを使って、横浜に遊びに来てくれたのにも関わらず、横浜中華街のちょっとした質問に答えられず、ただわずかばかりの土地勘を活かして道案内とせいぜいお店の予約くらいしか役に立てないのでは申し訳ないものです。

歴史を調べて、整理してみると、現在に続く歴史の痕跡がありありと横浜中華街に今も存在していることを発見できました。こんな豆知識をもとに友人と語らい合いながら飲食だけでなく観光を楽しめたなら、きっと喜んでまた来てくれるかもしれません。

なんだかお腹が空いてきましたね。

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参考文献

「横浜中華街」田中健之著
【公式サイト】聘珍楼
【公式サイト】萬珍樓


最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。これからも良質な情報をお届けできるよう精進いたします。今後とも「途次大志の備忘録」をお引き立ての程、よろしくお願い致します。 途次大志

Title toji-taishi-no-bibouroku途次大志のプロフィール紹介

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